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オーストラリア人の問いに思う

2011-03-22
仙台市ライフライン復旧状況(仙台市)
仙台都市ガス・復旧見通し(仙台市ガス局)


仙台のアパートのプロパンガスも復旧し、ライフライン全部が回復して、ようやく一息ついた感じです。

久しぶりに、メルボルンの大学に留学中の娘とスカイプで話しました。
娘が通う大学には日本人の学生はごく少数しかいないので、原発事故についての質問が、教授からもクラスメイトからも娘に集中してくるそうです。
「お父さんやお母さんは大丈夫なの?」
「海外に逃げなくてもいいの?」・・・・。
オーストラリアから見ると、おそらく日本全体が原発の放射能汚染で壊滅状態に近いように見えるのでしょう。
そうした心配の声に混じって多いのがこんな質問とのこと。
「どうして日本のような地震の多い国に、しかも津波を受けそうな海岸沿いに原発がいくつもあるのか?」

娘もまったく答えに窮して困ったようです。

まったく、そのとおりですよね。

国も電力会社も、想定外の巨大地震だったとはいえ、未来永劫100%絶対に起こらないと本当に思っていたのでしょうか?

思えば、チェルノブイリ原発事故の後、今から20数年前、広瀬隆氏の「東京に原発を!」や「危険な話」などが全国各地の主婦を中心とするグループに火をつけて、日本でも反原発運動は物凄い勢いと広がりを持っていた時期がありましたよね。
でも、なかなか素人には、国や経済界を中心にした原発推進派を論破するだけの論理的で科学的な根拠を提示することができなかった。主婦の人たちが感情的に騒げば騒ぐほど社会全体には「もういいよ。そんな暗い話はやめてよ」というムードも広がってだんだん下火になっていったように記憶しています。
原発が存在すること自体の是非の問題は置き去りにされたまま・・・・。

「起こる可能性は極めて少ないけれど、起これば取り返しのつかないことになる危険性がある」とウスウス想像しながらも、頭の中をどこかマヒさせながら、原発のおかげで得られる物質的な豊かさを思う存分享受する方向を私たちは選んで生きてきた、そんな気がします。


今回のことをきっかけに、GDPが中国に抜かれて世界第三位になったからといって、それがどうしたの?と平気で言っていられるような国に方向転換することはできないものか、・・・・GDP第何位なんてまったく関心もなく暮らしているように見えるオーストラリア人たちからの問いに、そんなことを思ってしまいました。





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コメント:
>仙台のアパートのプロパンガスも復旧し、ライフライン全部が回復して、ようやく一息ついた感じです。

何よりです(^O^)。

>「起こる可能性は極めて少ないけれど、起これば取り返しのつかないことになる危険性がある」とウスウス想像しながらも、頭の中をどこかマヒさせながら、原発のおかげで得られる物質的な豊かさを思う存分享受する方向を私たちは選んで生きてきた、

これはそのとおりですね。難しいのは、どんなに省エネといおうが、車・電車その他工業製品、それから農業生産物だって自然の破壊抜きには成り立たない。一度失った自然はそれが回復するとしても、気の遠くなるような時間が掛かります。

でも、だからと言ってそういったモノを一気に無くすことはできないし、だとすれば“この程度”という水準が必要になって来る。じゃあそれはどの程度なの?と聞かれるとそれは個人の価値観によって異なってくる、つまり、総論としては同意がとれても各論がばらばらになってしまいがちなんだろうなぁと。

別の問題で、例えば“成長をやめよう”とした瞬間、今の日本は少子高齢社会ゆえ、将来は今よりも作り手(供給)が減り、消費するだけの人(需要)が増えることになって、黙っていてもモノ不足が生じてしまい、インフレが発生する可能性があります。これを回避するためには将来の生産性を高める投資は不可欠で…なんてなことも考えなきゃいけないかもしれない。

とても難しい問題です…。
[2011/03/25 18:16] | tatsusae #d/.yyOxY | [edit]
tatsusaeさま

どもども(^_^)

まったく同感です。
おっしゃること、ほんとそのとおりだと思います。

良し悪しは別にして、これほど社会全体を経済が覆い尽くしてしまうと、どこか1つをいじくってみたところで、その部分では改善といえる結果が得られたとしても、他の部分では逆に不具合が生じかねない、そして、仮に成長をやめようとするならば将来には生活自体の困難が待ち受けているし、このままの形で成長を続けるとすると原発事故に限らず命まで奪われる危険性と隣り合わせで生きなければならない、・・・・・・・うーん、苦しい時代ですね(>_<) 
自分で自分の首を絞めながら生きていかなければならないような、考えると“お先真っ暗な気分”になってしまいますよね(>_<)。
でも、生を受けた以上、生きていかなければならない。何を大事にして生きていくのか・・・そのあたりにほんの少しだけ“先への光”も見えてくるような気もします。

国のグランドデザインを描くのが極めて困難な時代だと思います。
産業革命以降、向かってきた社会が一つの分岐点に来ているのかもしれません。

Aの道を選ぶかBの道を選ぶかというような選択肢ではなく、AとBの間に新たな道を造るみたいな選択肢ができればいいんですが・・・(^_^;)
このままの形の成長ではない、ほんの少し違う形の成長はないものか・・・・。

空理空論しか出てこないのがつらいですね(>_<)

こんなことを書きながら、3月31日締め切りのエコポイントにつられて、大画面液晶テレビのカタログを眺める“分裂症気味のオヤジ”です(>_<)



[2011/03/25 20:11] | (ブログ管理人)窓野外男 #- | [edit]












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